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2018-04-10

労働時間を10%減らしてもGDPが10%減らない理由

先日、下記のような噴飯物の記事を見かけたので一言言っておきたくなり、久々に筆を執った。

竹中平蔵氏「労働時間の削減ばかりに目を向けているが、労働時間を10%減らしてもGDPが10%減るだけです」 : IT速報

断言するが、労働時間を10%減らしてもGDPが10%減るということなどあり得ない。世の中こんな考え方をしている経営者が多いんだろうか?だとしたら世も末だ。

労働時間 ≠ GDP

労働時間が10%減ってもGDPが10%減らない最大の理由は、両者が異なるものだということだ。異なるものなのだから同じように変化しないのは当たり前だ。

GDPは経済規模の指標だ。平たく言えば、どれだけ金が動いたのかということだ。例えば小売業を考えてみると、労働時間が長かろうが短かろうが、同じだけの売り上げがあればGDPへの寄与は変化しない。労働者が10%短く働くことで売り上げが10%減るというような企業は、世の中には果たしてどれだけ存在するだろうか。

重要なのは労働生産性を改善するためのイノベーション

結論から先に言うと、経済規模を向上させる最も大きなファクターは労働生産性であり、労働生産性はイノベーションによって劇的に改善するということだ。むしろイノベーションがない経済活動というものはあり得ない。

卑近な例を挙げると、かつてそろばんを弾いてやっていた会計の仕事が、電卓によって劇的に生産性が向上し、そしてExcelなどの表計算ソフトによってさらに飛躍的に処理量が増え、会計アプリによって・・・(以下略)という具合である。そろばんで会計をやっていた頃と比べると、極めて複雑で膨大な量の計算を、以前よりずっと少ない人員で日常的にこなしていることになる。経済規模を決定する最大の要因は労働生産性であり、その源泉はイノベーションなのである。そして、イノベーションによる労働生産性の向上は、たった10%ぽっちでは済まないほど大きい。

政府と民間の役割分担

竹中氏の発言として、以下の様なものが記載されている。

なのに現在は、電通の過労死問題にばかり目を向けすぎて、労働時間の削減に関する議論だけが先行しています。企業のシステムを変えずに全労働者の労働時間を10%減らしても、GDPが10%減るだけ。

表題のIT速報が掲載した記事タイトルは、上記の発言を切り取ったものである。部分的に切り取ってもおかしなことを言っているように見えるが、文章の前後を見てもおかしいように思う。「労働時間の削減だけではいけない、システムを変える必要がある」というのは確かにその通りなのであるが、両者を一緒くたに語るのは問題がある。前者、つまり長時間労働に規制をかけるのは政府の仕事であり、なぜなら長時間労働は心身に異常を来し、最悪の場合人が死んでしまうからである。身勝手な経営者が労働者を酷使しないように監視、監督するのは、政府の役割である。一方、どのように労働生産性を高めるか、仕事のシステムを改善するかというのは、経営者の仕事である。企業側、つまり経営者の役割を盾にして、政府側の役割に待ったをかけるのは筋が通らない。政府は労働者の健康と権利を守るため、粛々と規制を進めるべきであると思う。

なお、資本主義のルールに従えば、労働生産性を高めることができなかった企業は倒産するだけである。そういうサバイバルを前提とした経済活動が、資本主義ではないのか。企業がその活動の生産性を高めることで、国民がより質の高い物資やサービスを享受することができるのが、資本主義のメリットではなかったのか。

竹中氏の発言は、資本主義の否定にほかならないと思う。

どのような企業でイノベーションが生まれるか

生産性を高めるにはイノベーションが重要である。では、イノベーションが生まれる土壌を持つ企業とは、一体どのようなものだろうか。

ベンチャー企業は言わずもがなであろう。新しいイノベーションを武器として引っさげて、新たに市場に参入するわけなのだから。そのイノベーションが本当に社会の役に立つもの、需要があるものであれば、その企業は極めて大きなアドバンテージを得て、資本主義というサバイバルゲームを生き抜いていくことになる。

古参の企業であっても、業務効率を改善し、生産性を高めることで生き残ったり、あるいは新しい製品やサービスを開発すること、つまり内部的にイノベーションを起こすことで生き延びて行くことも可能だ。そのような企業は、恐らく社員が知的な活動を盛んに行っているに違いない。知的な活動を行うには、自由に意見を言い合える風土が必要だろう。

反対に、イノベーションが生まれない企業はどのようなものだろう。例えばトップダウンで全てを決定し、従業員が奴隷のようにこき使われる企業には、イノベーションなど生み出す能力は無いだろう。そのような企業では、従来のビジネスのやり方を守ることだけに終止し、とにかくコストカットで利益を確保するため、従業員の給与は常に据え置かれるだろう。少なくとも、残業が減って、労働時間が10%減ることに対して経営者が文句を言うような企業では、労働生産性を改善するためのアイデアなどは出てこないのではないかと思う。

安い労働力に頼る企業は悪

社員を安い賃金で、なおかつ長時間労働をさせれば、企業の経営としては黒字になる確率が上がるかも知れない。だが、そのようなやり方は労働者からの搾取であって倫理的に許されることではないし、労働力を不当に安く仕入れているだけであって、市場のプレイヤーとしてはフェアなやり方ではない。そもそもイノベーションによる抜本的な労働生産性の改善がずっと起きなければ、やがてその企業の経営は行き詰まってしまう。労働者への給与をケチって目先の利益を確保し生き延びたとしても、それは単なる一時的な延命措置であって、将来は暗い。

一方で、労働力を安く買い叩いて生き延びることで、時にはまともに経営をしている企業を淘汰してしまうようなことも起きてしまうだろう。そのような状況は、はっきりと言って社会の後退だと言える。社会全体の労働生産性が下がってしまうからだ。社会全体を良くない方向へ導くものは、悪と言って差し支えないだろう。個人的には、ブラック企業は「悪」であると断言できると思っている。

そういう観点では、労働時間を減らす圧力を市場にかけるということは、労働生産性を高め、この社会をよりよい社会へと導くために、極めて合理的なものだと言える。労働生産性を高められない企業には、早めに退場して貰った方が良い。ひとつの企業が倒産しても、労働者は別の企業へ再就職することができるので、労働者が根本的に困ることはない。むしろ、労働者がより労働生産性の高い企業へ移れば、社会全体の労働生産性も改善するだろう。従って、企業の新陳代謝はあって然るべきであるとも言える。

安い労働力という観点では、外国人技能実習制度は一刻も早く撤廃するべきである。外国人の支援になっていないどころか、単なる搾取の対象になってしまっている。中には実習生に対する賃金の支払いが正当に行われていない例もあるし、有給を取ろうとしただけで帰国させられたというような例もある。本来、このようなやり方で儲けている企業は、社会の生産労働性を改善するという観点では害悪であり、もしそういうやり方でしか儲けられないというのであれば、市場から退場して頂くべきである。外国人へ技能の習得を促すという本来の命題から離れ、単なる安い労働力として使われ、なおかつ違法な運用が跋扈している外国人技能実習制度は、一刻も早く止めるべきだと思う。

全力で労働生産性を高める努力を

より良い社会を実現し、そして企業が利益を獲得するには、労働生産性を高める以外に正統な方法はない。市場が正常に機能するには、フェアなやり方を守っている企業だけが生き残るべきだ。(もちろんそれは理想であり、完全にフェアな企業だけが生き延びるということは、現実的でないのは承知である。あくまでも理想論としての話である。)そのため、新規参入組は置いといても、既存の企業にとっての重要なテーマは、如何にして労働生産性を高めるかということであることは間違いない。もちろん、如何にして製品やサービスの需要を掘り起こすかということも重要であるが、労働者をこき使い、あるいは給与を下げる等の無理なコストカットによって、「ほら、利益を確保できたので労働生産性が上がりました」というようなやり方が間違っていることは言うまでもない。

ところが、日本の多くの企業の労働生産性は低いままにとどまってしまっている。以下のニュースによると、サービス業では米国の半分ほどの水準なのだそうだ。このような状況は改善されなければならない。

日本のサービス業 労働生産性「米の半分ほどの水準」 | NHKニュース

また、日本はこれからどんどん少子高齢化へと突入していく。その結果起きることは、労働人口が減るということだ。労働人口が減るということは、少ない人数でより多くの仕事をすることが求められるということに他ならない。つまり、労働生産性を改善しなければならないのである。労働人口の減少は、10%程度では効かない。未曾有の人手不足がこれから企業を襲うだろう。そのような時代に生き残れる企業は、労働生産性の改善に真剣に取り組んだ企業だけでではないだろうか。

しかし、日本の企業の労働生産性が改善する見込みは低いように思える。古参の企業では、コストカットに終止する経営ばかりが目立ち、イノベーションへの積極的な投資が行われていないからだ。投資なしにイノベーションは起きない。イノベーションなしに労働生産性の改善は起きない。どうにも負の連鎖があるように思えてならない。

どうか賢明な経営者は、如何に賃金を安くするかというような目先の利益だけに囚われず、長期的な経営にとって必須の労働生産性を高めるというテーマに真剣に取り組んで健全な企業の経営を行い、ぜひ過酷なサバイバルゲームを生き延びてほしいと思う。そして、資本主義システムが正常に機能し、より良い社会全体が実現してほしいと思う。

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